私淑する今村節子先生とGrace E. Alt オルトGHQ看護課長

 元鹿児島県看護協会長の今村節子先生が2025年4月6日にご逝去。100歳.の天寿を全うされた

生前に一度だけでもお目にかかり、終戦直後の看護教育やGHQ下での看護師養成などに関するヒアリングを実施したいと願っていた。 もはやその夢はかなわない。

失礼とは知りつつも、私淑する今村先生への「読まれるはずもない手紙」を送呈することをお許しいただきたいと願います。

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尊敬する今村先生

私はOOOOです。

 もともと個人的に、

*「19458月を期に発生した日本人の引揚(民族大移動、約660万名)」

に関心を持っていました。その傍らで、縁があり、ほそぼぞと外地に設立された看護学校の調査を内職で進めていました。

 南はヤップ島の南洋庁立看護学校や北は満州国新京に設立された赤十字病院付属看護学校・中国天津領事館附属看護学校などの実態調査に取り組みました。もっとも悲惨であったのは、満州の開拓村に開設された臨時看護学校卒業生や、赤十字から戦地に派遣された従軍看護婦の方々です。

 今、これらの研究調査の紹介は別の機会に譲るとして、19508月を期に外地で養成された看護師(日本国内で養成された看護師も含む)の方が大挙して帰国(引揚)して来ました。その実態に関する報告も後日に譲るとしても、

*戦前に国内外の様々な場所と環境の下で養成された看護師が日本に引き揚げてくることで、一時的に「看護師のラッシュアワー」状態になりました。

  ご存じの通り、19458月の終戦を期に日本国内はGHQの管理下に置かれましたので、当然に医療福祉占領政策もGHQが担当しました。その責任者がGrace E. Alt(1904年7月22日~1978年8月14日)GHQ公衆衛生福祉部看護課初代課長でした。そのオルト課長が着手したのは、

1,「保健婦助産婦看護婦(甲種・乙種)令」(19477月,政令第124号)の公布<ただし、19487月に名称を「保健婦助産婦看護婦法」(保助看法)と改正)を通して、戦前に要請された看護師の質の向上と平準化とアメリカ式看護基準導入を図ること

2,「看護雑誌の刊行」

→看護婦養成課程=3年課程の全容,および看護組織=スタッフナース,ヘッドナース,スーパーバイザー,ディレクター・オブ・ナース,養成所の教師の資格・役割など。さらには看護教育の在り方=指導の目的(看護婦1人ひとりの能力を進歩させ,最も効果的に豊かにその責任を果たさせる),指導法,指導計画,看護実習における指導等について詳細に論説。今日の看護組織・体制や看護婦養成課程の骨太の方針の提示。

3,戦後日本の看護教育のモデル校として東京看護教育模範学院(後にはイギリス軍駐留の岡山にも開校)

→上記の「2」の実践教育校

4、194611月の日本看護協会の設立

5、GHQが切望する看護理念を盛り込んだ看護再教育の日本各県での実施

などなどでした。

 すでに「釈迦に説法」ですので、これ以上の言及は避けます。

ご承知の通り、東京看護教育模範学院の1951年卒業生23名(日赤女専13名,聖路加女専10名)の同窓会(場所:湯河原)が開催されました。その同窓会には、当時の恩師である聖路加から高橋シュン元聖路加看護大学教授,吉田時子聖隷学園浜松衛生短期大学学長,檜垣マサ聖路加看護大学教授,そして今村節子鹿児島女子大学教授.日赤からは,園部梅元生田看護専門学校副校長,小林花子元杏林大学附属看護学校教官の諸先生であったという記録があります。

 よもや東京看護教育模範学院で教鞭をおとりになった今村先生がご健在であると夢にも思わなかったからです。

 ご存じの資料かと思いますが、今村先生がご使用になったテキストが日赤にありましたので、参考までに掲載いたします。

https://www.blogger.com/blog/post/edit/7224410978280442325/7013776524791164329

 私の関心は、オルト看護課長が目指した「看護教育の理想とは何か」にあります。つまり、オルト課長が今村先生に要望した「看護教育」に関して、お尋ねしたいと願ったわけです。まずは聖路加女専における学生から見た看護教育、そして東京看護教育模範学院における教員からみた看護教育の具体的教育内容、たとえばカリキュラムや実習、教科書、教室内での外国人教師と日本人教師の教授法などなど。いうまでもなく、もはや関係者全員が黄泉の世界に旅立たれましたので、お答えに接することはかないません。残念の極みです。

 冗長な長文となりました。深くお詫び申し上げます。ご理解頂ければ、望外の幸いです。

  末筆となりましたが、重ねて49回フローレンス・ナイチンゲール記章受章おめでとうございます。



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