城丸瑞恵「GHQ看護課の占領直後から約六ヶ月間の活動」(2001年)の論評
城丸瑞恵「GHQ看護課の占領直後から約六ヶ月間の活動」(2001年)を読む。
【要約】
本書は、1945年10月のGHQ/SCAP公衆衛生福祉局(PHW)看護課設置から約6ヶ月間における初代課長G.E.オルトらの活動を、当時発行された一次史料である『Daily Journal (DJ)』および『Weekly Bulletin (WB)』に基づいて実証的に明らかにした論文である
来日直後の評価: オルトは来日後、厚生省からの聴取や赤十字病院をはじめとする都内医療・教育機関の視察を行い、日本の看護教育水準の低さ、基準の欠如、および看護職能団体が非看護職の男性によって運営されている実態を把握した
。 看護職能団体の結成援助: 戦前の男性主導の組織に対する批判から、看護職(産婆・保健婦・看護婦)を一本化した女性主導の職能団体結成への働きかけを早期から行った
。 看護教育審議会の設立と法整備: 1946年3月に「看護教育審議会」を発足させ、看護教育プログラムや法制化(のちの保健婦助産婦看護婦法等)に向けた審議の土台を作った
。 デモンストレーションスクールの設立: 模範的な教育施設として、日本赤十字社看護婦養成所と聖路加女子専門学校の機能を含む「東京看護教育模範学院」の設立を主導した
。 全国調査と再教育講習会の実施: 看護教育の水準向上と実態把握のため、1946年4月から神奈川県を皮切りに全国的な実態調査を開始し、また現職者のための再教育講習会を計画・支援した
。
【論理展開の欠陥・限界】
一次史料の物理的制約による分析の不徹底: 論文中でも言及されている通り、依拠したGHQ史料(DJやWB)は「印刷が不明瞭」な箇所が多く、審議会の詳細なメンバーや具体的な検討内容を十分に解析できていない
。そのため、推測や今後の課題に委ねる部分が多く、論理の立証が部分的に不完全である。 日本側の主体性や抵抗・折衝過程の軽視: GHQ側の記録(DJ・WB)を中心に記述されているため、GHQの「指導・評価」に対して日本側の官僚や医療関係者がどのように反応し、妥協や抵抗、あるいは独自の意図を反映させたのかという「双方向のダイナミズム」が十分に描かれておらず、GHQ側の視点に偏った記述(トップダウンの進行)になっている。
「約6ヶ月間」というスコープの限定性と飛躍: 占領直後の6ヶ月間の活動を詳細に追う一方で、その施策が中長期的に日本の看護制度や現場にどのような影響を与えたかについての検証が欠けており、初期の「意図や計画」の紹介にとどまっており、その後の展望がない
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