『GHQ/SCAP Public Health and Welfare Weekly Bulletin 看護関係・校訂訳』(その5)作成者:T・M&T・Y

 GHQ/SCAP Public Health and Welfare Weekly Bulletin

No.5 1945年11月11日―17日

Nursing Affairs〔2026年校訂版〕

A.日本関係

① 1945年11月12日に東京で保健婦に対して実施された試験問題に関する報告を受領した。88名の看護婦が筆記試験を、10名が実技試験を受験した。

② 日本保健婦協会に関する報告を受領した。そこには1945年4月25日以降の各都道府県における主要人物(key persons)の氏名と都道府県事務所の住所が含まれていた。

B.朝鮮関係――Capt. Luskaからの報告

① 朝鮮における看護学校の所在地、学生数、病床収容力(bed capacity)等を示す一覧表が添付された。

②1名の米軍看護関係者が、施設看護(Institutional Nursing)の監督のため、XXIV Corps HeadquartersにおいてCapt. Luskaのもとに配置された。

③ 1st Lt. Myersほか一名が教育部門へ派遣され、XXIV Corps HeadquartersのNursing Affairs Sectionの指導下で活動していた。

④ 6週間のPublic Health course(公衆衛生看護研修)が1945年11月12日に開始された。 この研修候補者として既卒看護婦21名が面接を受けた。

⑤ ソウル大学に公衆衛生看護部門(Department of Public Health Nursing)を設置することについて、米軍側関係者と朝鮮側ソウル大学関係者との協議が行われた。ただし、このWeekly Bulletinには結論は記載されていない。

さらにPersonnel欄には、Capt. Luskaを補佐して教育事業に従事する民間看護婦をWar Departmentにすでに要請し、その資格審査・承認も行われていたことを記録する。


【校訂注】

①朝鮮に派遣された人物名は現在の原史料では判読困難であるので、後日を期したい。

②ソウル大学に公衆衛生看護部門(Department of Public Health Nursing)を設置することについて、米軍側関係者と朝鮮側ソウル大学関係者との協議が行われたとあるが、このWeekly Bulletinには協議内容や結論を記載していない


【研究上の意味】
No.5では、日本だけでなく、すでに朝鮮の看護改革が同じNursing Affairs欄に具体的に登場している。。1945年11月という早い段階ですでに朝鮮で、

学校調査 → 米側看護要員配置 → 6週間研修 → 候補者面接 → ソウル大学における公衆衛生看護教育組織の設置協議

までが同時進行している。

 1910年に併合された朝鮮半島であっただけに、敗戦直後においても朝鮮半島は日本国の一部だというGHQ側の認識があったらしい。

分類:日本=7-1/7-3/7-6、朝鮮=7-1/7-2/7-4/7-6/7-9

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