Johns Hopkins Hospital School of Nursing時代のGrace Altさん
hns Hopkins の公式記録でも、Grace Elizabeth Alt, R.N., Johns Hopkins Hospital School of Nursing, 1933 と卒業歴が確認できます。JScholarship
1.Altが受けたのは「3年間の病院看護婦養成教育」
Johns Hopkins の Chesney Medical Archives によれば、この学校の教育は当時、**3年間の厳格な課程(rigorous three-year program)**で、
講義(lectures)+ Johns Hopkins Hospital の病棟での臨床実習(experience on the hospital wards)
を組み合わせる方式でだった。現在の大学看護学部とは違い、病院附属の専門職養成学校であった。Chesney Archives
Altは 1930年に入学し、1933年に卒業したと考えて良いだろう。その1930~33年というAltの在学期間そのものに関する一次史料が、Johns Hopkins の Alan Mason Chesney Medical Archives に残っているので、つぎに紹介したい。
2)Altの教育責任者は
学校の記録によると、Alt 在学時の学校トップ(校長)は Elsie M. Lawler であった。Lawler は1910~1940年まで Superintendent of Nurses 兼 School of Nursing の責任者として、在職した。Johns Hopkins Archivesによると、Lawler時代について、病院の急速な専門分化に対応して、新しい診療科・専門領域を看護教育カリキュラムに取り込んでいったと説明している。Medical Archives しかも、Alt が入学したまさに 1930年に、もう一人重要人物がHopkinsへ戻ってきた。Hester K. Frederick です。Frederick は1930年から First Assistant Superintendent。しかも後に刊行した A Textbook of Nursing Practice(1938)は、彼女がJohns Hopkinsで開発したcurriculumに基づくものだったと、Johns Hopkins Archives が明記しています。Medical Archives
我々の観点からすれば、
Elsie Lawler
↓
Hester K. Frederick
↓
Grace E. Alt(1930–1933)
という教育上の直接的な環境が見えてきたからである。
3)、Altは具体的に何を学んだのか
1930–33年度のcourse catalogueそのものの史料が
Chesney Archives の Records of the Johns Hopkins Hospital Training School for Nurses
には、
Educational Records → Course Materials
および
Publications → Course Listings, Catalogs and Circulars, 1890–1970
が現存しているので、十分に分析できる。さらに学生記録は 1891~1973年まで残り、course outlines と class standingsまで含まれているので、Medical Archives
LAltさんが在籍した1930、1931、1932、1933年度のcourse catalogueを取り寄せれば、Altが実際に受けたカリキュラムをほぼ復元できることができるだろう。驚くべきことに、student recordsそのものも残っている。公開・閲覧制限の問題は別として、
Grace Elizabeth Alt の個人学生記録が残っている可能性
まで現存している可能性を予見する。
4).現段階で想定される教育領域
Hopkinsは当時、単なる病床看護だけではなく、医学・科学的知識と臨床看護を結びつける方向へ進んでいた。関連史料から考えると、Altが受けた教育には、基礎的な nursing practice を中心に、内科・外科看護、産科、婦人科、小児、感染症、手術室、食餌・栄養、薬理・医学的基礎科目などが組み込まれていたと考えて良いだろう。ただし、1930–33年の科目名・時間数として確定するまでは仮置きにしておきたい。そしてFrederickの看護教育思想には、看護を単なる手技の集合ではなく、science and principles を基礎として、nursing theory と practice を関連づける方向が確認できます。ERIC
我々が追求しているGHQ時代のAltの言葉――
Nursing = art + science + profession
との関係も、一つのヒントがあるはずである。これまでの日本看護学界では、「AltがGHQに来て突然考えた理念」と見てきたが、我々の研究で、もはやその呪縛から離れる時期が到来したと考えて良い。それ以上に大切なのは、
Johns Hopkinsでの教育
→ 元山での実践
→ 軍看護・マニラでの占領準備
→ 日本での看護改革
という看護観形成史として追い求めることであると信じる。
5.1932年版のthe Johns Hopkins Hospital Training School for Nurses 「The Routine」
Johns Hopkins Hospital Training School for Nurses には学生年鑑 The Routine があり、1923~1932年版が現存している。Chesney Archives
Altは1933年卒業ですから、1932年版はAltの最終学年直前。もし1932年版に学生写真、学生名簿、クラブ、教員、授業、病棟生活などが収録されていれば、Grace Alt本人も掲載されている可能性がある。ここで我々の追求は、単に「1933年にJohns Hopkinsを卒業した」という履歴確認で終わってはならいないことである。1930年にAltがHopkinsの門をくぐってから1933年に卒業するまで、彼女が誰から、何を、どのような教科書で、何時間学び、どの病棟で実習したのかを復元することによって、Altさんの看護観を知る手がかりを得るに違いない。
しかも Chesney Archives には、1930~33年の Advisory Board記録、course materials、course catalogues、student records、class standings、The Routine、Lawler Papers、Frederick Papers が存在することまで確認できる。Chesney Archives
Johns Hopkins Chesney Archives — Nursing Records
Johns Hopkins Chesney Archives — Nursing RecordsArchivesにおいて、特に私は、①1930–1933 Course Catalogues、
②Grace Elizabeth Alt student/alumni record、
③1932 The Routine、
④Alt在学時のfaculty/course assignments
の4点を確認したい。そのことで、「Grace E. Alt の形成期――Johns Hopkins, 1930–1933」*を、一次史料から描けることを期待させるからである。
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